続振り返り

前回あっさりとした振り返りで、「10年も商売やってもっとないのかよ!」という声も頂戴しそうなので、下記にいろいろ書き連ねます。


開業当時、一丁前にプレスリリースを各メディアに送っていたのでした(10年前のことなのですっかり忘れていました)。結果は散々なものでどこにも取り上げてもらえず…まぁそんなものだろうと達観している部分はありましたが。あれからも大してメディアに出る機会に恵まれていなかった訳ですが、それでも日々発信していたSNSなどに共感して頂いたお客様から少しづつご注文頂けたのは幸いな事でした。大手メディアからの一方的な情報発信から、個々人が各々興味を持ったものを発信するという時代の潮目が変わる瞬間だったのは運が良かったのかもしれません。

病院、障害者施設など限られた場所でしか知られていなかった「整形靴」に大きな可能性を感じ、足の事を第一に考えられた「整形靴技術」をベースに、おしゃれな雰囲気の店舗で、高いデザイン性と上質な素材を用い、一足一足ハンドメイド で作り上げられた靴を「靴と足に悩みのある一般の方々」に提供したい

プレスリリースにも上記のような事を書きましたが、当時としてはこういったビジネスは少なかった(無かった)と思っています。だからこそ面白いというか他の人がやっていない、そしてまだ見ぬ誰かの役に立てる…それは社会的に意味があるんじゃないかと。当時は社会活動(大袈裟)の一つのような気持ちを持っていたように思います。(そもそも靴業界を構成するメーカー、小売店がこうした諸問題に対応していればKHは存在してなかったかなと。)非力にも関わらずたった一人の孤独な戦い…無謀ですね笑(周りがやろうとしていたら止めていたと思います

さて10年経った今、一般大衆の靴に対するスタンスが当時と比べるとどうか?多少は改善されたかなとは思います。独立系の靴職人も増えました。しかしながら街ゆく人々を見ても、SNSを見ても大きな流れにはなっておらず、一部での盛り上がりを見せているといった印象です。また現在のメディアが取り上げるのは飲食など手軽でその場で楽しめるものが多いようですね。先日フリーペーパーから取材の連絡がありましたが、連絡先を近所の飲食店と間違っていたようです(そんなことがあるのか?と驚きましたが)。

そして世間での靴に関する認識ですが、

「靴自体に興味がない」→靴を履かない人はいないので、もう少し興味を持って欲しい…

「靴が好き=靴に関する正しい知識を持っているわけではない」→サイズや履き方など靴選びをもう少し検討して欲しい…

とやはり認識が不足しているように思います。それでも生きていけるくらい豊かな時代、国なのかなとも思っています。(認識を改めるとより豊かになる訳ですが)実際、KHの顧客の方々を見ていると(僭越ながら)「豊かだな」と思います。ビスポークの割にリーズナブルとは言えそれなりの価格の製品なので、注文される方は経済的に豊かというのはもちろんですが、それ以上に精神、心が豊かであるように感じます。注文される動機はみなさんそれぞれなのですが、身に付けるものは大事にしたいという想いは共通しているのかなと。お客様の中で「それなりの靴を注文できる人間は一角の人物であるという認識を思っています。」とお話しされた方もいらっしゃいました。何というか非常に前向きな感じがして良いですね。

と顧客の方が豊かであると書きましたが、顧客層についてもう少し深く掘り下げたいと思います。意外かもしれませんが、靴好きの方は多くないかもしれません。それはコンセプトからだと思うのですが、いわゆる靴好きの方はドレスファッションから入り、スタイルなどが決まっている他の工房に行かれるのかなと。1足目のご注文の時は、オーダー未経験の方が多いので注文の流れや履き方やシューケアの方法などをレクチャーします。それらは基本的な事で靴好きの方ならご存知かと思います。これまでの靴のオーダーは非常に敷居が高く、一部の好事家だけのものという印象がありました。かくいう自分も靴を作る前はオーダーとは無縁でした。何というか世界が違う感じがするんですよね。排他的というか…知識や経験が必要というか…KHはそういった雰囲気のものとは一線を画した工房でありたいと考えています。そうでなければパイは広がらないと考えているので。10年そうやっていると紳士も婦人もドレスもカジュアル、スポーツも受け付けるようになりました…。

そういう事もあり、良い意味でこだわりがなく、代わりに足、健康に対する意識に気を配っている方が多い印象です。靴で出来る事は限られているのですが、それでも既製靴が合わないなどの不満をお持ちの方はいらっしゃるので、喜んで頂けています。また「既製品に特に不満はないのだけど…興味はある」という方も是非いらっしゃってください。意外と足を他人と比べる機会がないと思うので、特徴的な足をされているかもしれません。実際にそういう方もいらっしゃいました。

プレスリリースでも触れている整形靴についても少し。医療機関で処方される整形靴は必要な人にとっては非常に有用で生活必需品と言って良いでしょう。それら医療福祉のシステムで救われる方々もいれば、残念ながらそうしたシステムから漏れてしまう方々もいらっしゃいます。「病院に行っても、靴屋に行っても(自分の悩みを解消する)靴を作ってもらえないし、どこに行けば良いのだろう?」と悩まれていたお客様もいらっしゃいました。そういった方々の受け皿になれればと思っています。あまりフォーカスされていないですが、相当数いるのではないかと考えています。

スピーディでシステマチックなネット通販が主流になってきた昨今、自ら出向いて工房で靴を注文するという行為はそれと比べると非常に煩雑で対極の位置にあると言えますが、人との交流が希薄になってきた現代において(普段出会う事がない)作り手、職人と繋がり、関係性を構築していくというのは逆に興味深いものかもしれません。

そんなことを考えながら、今日も靴作りに向き合い確定申告の準備に追われている11年目です。

今後ともよろしくお願いいたします。